美輪明宏の霊感は本物/嘘?いつから霊感があるのか気になる!

美輪明宏さんと言えば『オーラの泉』を思い出す人が多いと思いますが、江原啓之さんで話題になった「スピリチュアル」や、美輪明宏さんの霊感トークが注目されていましたね。

その美輪明宏さんの霊感っていつから?本物なの?それとも嘘?と気になる人も多いですよね。

今日は美輪明宏さんの霊感について、いつから霊感を得るようになったのか?本物か?それとも嘘なのか?といったことについて詳しくみていきたいと思います。

 

スポンサーリンク

 

美輪明宏の霊感は本物?いつから霊感がある?

 

美輪明宏さんの霊感については、霊感が本物だというエピソードが数多く語られています。美輪明宏さんによると、幼い頃に実家のお手伝いさんが買ってくるおやつが何か分かったといいますから、美輪明宏さんの霊感の目覚めのようなものは幼少期にあるのかもしれませんね。

そこで美輪明宏さんの霊感がいつから目覚めたのか?そしてそれは本物の霊感だったのか?という点について調べてみました。

美輪明宏さんは以前、ご自身の霊感がいつからなのかについて、ある霊能力者に師事してからだと言っているので、霊感はその頃からあったということになります。当時、美輪明宏さんは、霊能力者の看板を掲げておきながら嘘の霊感で大衆を騙しているような同業者に対して、道場破りのようなことをしながら次々と彼らの霊感の嘘を暴いていくようなことをしていたそうです。

その頃の美輪明宏さんは、霊感が強すぎて毎日目の前に本物の霊が現れるので、自分の霊感を封印していたこともあるそうです。この話を聞く限りでは、いつから本物の霊感が備わっていたのか?とい疑問に加えて、いつから霊感をコントロールするほどの強い力を持っていたのか?ということも気になってきますね。

 

[出典:news.merumo.ne.jp]

 

美輪明宏さんの霊感が本物だというエピソードのひとつに、三島由紀夫との逸話が残されています。三島由紀夫は1970年にクーデターを起こして自決するのですが、当時、親交のあった美輪明宏さんには、三島由紀夫の後ろに二二六事件で亡くなった磯部浅一という青年将校の霊が憑依していたのが見えていたというのです。

また、美輪明宏さんのコンサートを見ると悪い霊が除霊されるという話も聞かれますし、運気があがったという人もいるようです。なので、美輪明宏さんの霊感がいつからあるのか?については三島由紀夫と交流をしていた時期には、すでにかなり強い霊感があったと思われます。

もちろん、それ以前のエピソードにも美輪明宏さんの霊感が本物だと思える出来事は数多く語られているので、美輪明宏さんの霊感がいつから?という点については長崎時代の幼い頃のエピソードあたりになるのかも知れませんね。

 

スポンサーリンク

 

美輪明宏は天草四郎の生まれ変わり?霊感の嘘は噂?

 

美輪明宏さんの霊感にまつわるエピソードで有名なのが前世が「天草四郎」という話です。ただ、この話については所説いろいろあって、美輪明宏さんの霊感は嘘だという立場の人はこぞって天草四郎の生まれ変わり説に反論しています。

実は、美輪明宏さんの天草四郎の生まれ変わりという話については、すでにはっきりとした形で決着がついています。青森に美輪明宏さんが自分が知る限りナンバー1だと太鼓判を押している木村藤子さんという方がいるのですが、その木村藤子さんが以前、SMAPの中居正広さんが司会をつとめる「金スマ」に美輪明宏さんと一緒に出演された時のエピソードです。

 

[出典:www.hachi8.me]

中居正広さんに「美輪明宏さんの前世は天草四郎ですか?」と尋ねられたのですが、即座に「美輪明宏さんの前世に天草四郎の時代はありません」と即座に否定されたのです。

すると、この言葉に促されるように美輪明宏さんが「自分の前世は天草四郎だと称することで自分の名を世間に売ったのです」と、自身の売名行為で嘘だったことを告白したのです。これは実際にテレビで放映された番組の中で語られていたことなので、間違いなく事実なのだと思います。

この話を聞くと、美輪明宏さんが言っている霊感も嘘なんじゃないか?と疑う人がいると思いますが、前出の話はあくまでも天草四郎の生まれ変わり説についての話で、だからと言って美輪明宏さんの霊感は嘘だ!あれもきっと嘘に違いないと決めつけるのはどうかと思います。

 

スポンサーリンク

 

美輪明宏の経歴は?家族はどんな人?

 

美輪明宏さんは長崎市の出身ですが、若い頃の美輪明宏さんはボーイフレンドには不自由したことはなかったそうです。こちらの写真は若い頃の美輪明宏さんの写真ですが、本当にうっとりするような美しさですよね。

 

[出典:asahirubannimo.com]

 

美輪明宏さんが20代前半の頃、雑誌のインタビューで「今、つきあっているのは20から30人」と話していたほどですから、本当にモテモテだったんでしょうね。美輪明宏さんのご両親ともに日本人なのでハーフとかではないのですが、彫りの深い顔立ちにきりっとした大きな目から「ハーフ?」と思われることも多かったようです。

こちらが美輪明宏さんとご両親の写真で、一緒に写っているのは弟さんのようです。

 

出典:朝日新聞デジタル

父親の名前は「作一」、母親の名前は「ヌメ」だと言いますから、間違いなく日本人のご両親ですね。写真が古くてピントも合っていないので分かりにくいですが、父親もイケメンですし、母親も美形の感じがしますね。美輪明宏さんのご両親は、当時長崎でカフェを営んでいたといいますから、当時としてはやはりおしゃれな仕事をしていたんだと思います。

しかし、戦争によって「敵性文化を商売にする事は時局にそぐわぬ」と言われ、カフェをたたんで金融業をはじめたそうです。しかし、この金融業も長崎への原爆投下によって貸付先の多くが破産したり他界したりしてしまい、美輪明宏さん家族は貧乏生活を強いられることになったようです。

そんな中、美輪明宏さんは15歳の頃、オペラ歌手やコンサート歌手になりたいという夢を追いかけて、国立音楽大学進学のために東京に上京したそうですが、父親が倒産したことがきっかけで高校を中退し、進駐軍のキャンプでジャズを歌ってギャラを稼ぐようになったといいます。

その後、美輪明宏さんは17歳の時、銀座のシャンソン喫茶『銀巴里』で専属歌手としてデビューすることになりました。

 

スポンサーリンク

 

美輪明宏のエピソードが凄すぎる?

 

『銀巴里』時代の美輪明宏さんのエピソードを調べてみたのですが、その内容が凄すぎてびっくりでした。
「美少年募集」の張り紙を見て『銀巴里』の歌手に応募したという美輪明宏さんですが、お店の方も少女漫画や宝塚に出てきそうな世紀の美少年が応募してきたのですからびっくりしたでしょうね。

すぐに『銀巴里』の専属歌手として契約した美輪明宏さんですが、持ち前の美貌と卓越した歌唱力であっという間にお店の看板スターになったようです。当時、美輪明宏さんを目当てに『銀巴里』に通った有名人には、三島由紀夫、吉行淳之介、野坂昭如、大江健三郎、中原淳一、遠藤周作、寺山修司、なかにし礼や黒柳徹子さんなどもおられたようです。

特に、三島由紀夫にいたっては、美輪明宏さんを「天上界の美」とまで称賛し、マスメディアには「神武(じんむ)以来の美少年」と評されたそうです。こんな文壇、演劇界を代表する才能たちが通いつめ、マスメディアにまで取り上げられていたというのですから、美輪明宏さんの美貌と歌声がいかに魅力的だったか想像するに難くないですよね。

[出典:www.sponichi.co.jp]

ところが、美輪明宏さんの歌うシャンソンが従来のシャンソンのイメージと大きく異なったものであったことや、週刊誌に同性愛者であることを公表したことへの反発から一世を風靡していた人気が急落してしまったそうです。

美輪明宏さんが自身で語っているところによれば、当時、「吐血性原爆症」にも悩まされ始めたことも重なり、「人様の情けに生かされた」不遇の時期を過ごしていたようです。まさに天国から地獄のような出来事に直面していたのですね。

その後、寺山修司の劇団天井桟敷の旗揚げ公演、三島由紀夫脚本の舞台作品などの舞台や映画・テレビドラマなどで主演を続けていましたが、1970年にTBSラジオの番組「ラジオ身の上相談」を担当することになったのですが、このあたりから『オーラの泉』に通じるようなトークが形成されていったのでは?と思われます。

[出典:gqjapan.jp]

 

この番組がその後25年も続いたことからも、美輪明宏さんのトークがいかにリスナーの心を掴んでいたかうかがえますよね。

 

美輪明宏の本名は?改名した時期ときっかけは?

 

美輪明宏さんが本名の丸山明宏から美輪明宏に改名したのは1971年だといいます。きっかけは美輪明宏さんが読経している時に『美輪』という字が頭に浮かんだので調べてみると、姓名判断上も完璧な画数だということが分かり、丸山の苗字を美輪に変えて美輪明宏と名乗るようになったそうです。

このあたりのきっかけも、いかにも美輪明宏さんらしいと言えますが、普通の人がこんなことを言ったら変な宗教にハマったんじゃないかと言われちゃいそうですよね。そ

して、改名と期を同じくして、以後女性役を演じないという意味で「女優引退宣言」をして歌手活動に専念するようになります。ただ、男性役では映画やドラマにも出演しているので、歌手に専念すると言っても役者としても引退するということではなかったようです。

 

スポンサーリンク

 

美輪明宏プロフィール

 

名前:美輪明宏(みわ あきひろ)

生年月日:1935年5月15日

出身地:長崎県長崎市

職業:シンガーソングライター、俳優、演出家、タレント

血液型:A型

身長:161cm

人物:美輪明宏は自身のことを「日本初のシンガーソングライター」と自称している。『銀巴里』時代には、シャンソンの歌詞を自分流に翻訳して反感を買ったが、歌に込められた意味や情感の背景までも歌い込もうとする姿勢は、ある意味、シンガーソングライターと呼ぶに相応しいとも言える。「好きな食べ物は?」の問いに「人の悩みを食べて、涙を飲んで生きてるの」と答えている。法華経を信仰。生涯独身を貫いている。

 

美輪明宏の霊感は本物/嘘?いつから霊感があるのか気になる!まとめ

 

今日は、『オーラの泉』で知られる美輪明宏さんについて、経歴や家族、また霊感について、いろいろと調べてみました。

特に、美輪明宏さんの霊感については、霊感は本物だ!という人と、嫌あれは嘘だ!という人と、それぞれに評価が分かれています。そのあたりも含めて美輪明宏さんの霊感について、いつから霊感を得るようになったのか?本物か?それとも嘘なのか?といったことについて調べてみたのですが、霊感についてはあくまでも主観的な判断ということになりますので、本物とか嘘とか結論づけることはできないという結論になりました。

科学的に検証できないことでもありますから、見た人聞いた人が信じるか信じないかでいいのではないかと思いました。

 

スポンサーリンク

 

■こんな記事も読まれています!

⇒美輪明宏の養子画像とは!待ち受けに恋愛効果ってホント?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください