ルイブライユはどんな人?彼の一生/人生や画像について振り返る!

今から約200年前にフランスに実在した人物である、ルイブライユ。点字の考案者として知られていますが、ルイブライユはどんな人なのでしょうか?

彼の一生/人生が気になりますし、画像はあるのでしょうか?

今回は、フランスに実在したルイブライユはどんな人?ルイブライユの一生/人生や彼の画像などを踏まえてご紹介します!

 

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ルイブライユはどんな人?一生/人生を振り返る!

 

1852年に43歳という若さで亡くなった、フランス人のルイブライユ。ルイブライユはどんな人なのか気になりますよね!ルイブライユはどんな人なのかを彼の一生/人生でまとめてみました!

 

ルイブライユの一生/人生:幼少期

 

ルイブライユはどんな人なのかをまずは、一生/人生の幼少期からご説明します!

ルイブライユは1809年にフランス帝国パリ北東にあるイル・ド・フランス地域圏セーヌ=エ=マルヌ県クヴレ村に生まれました。

現在のセーヌ=エ=マルヌ県は白い部分に位置します。パリにとても近いんですね!そして、ルイブライユはどんな人かを調べるのに必要なのが彼の両親です。馬具職人である父親シモンと母親モニクの間に4人兄弟の末っ子として誕生しました。

1812年に、ルイブライユの人生を変える出来事が起きてしまいました。それはルイブライユが3歳の時に自宅で兄弟たちと遊んでいる際に、誤って錐によって左目の眼球を突き刺してしまい負傷するという事故が起きたのです。

その後なんと負傷を免れた右目も交換性眼炎を引き起こしてしまい、わずか5歳という年齢にしてルイブライユは両目を失明してしまったのです。

1800年の当時は、ルイブライユの様な障がい者に対する教育など不要!と考えられていて、満足のいく教育を与えられていなかったのですがルイブライユは違いました。

なんと家族の協力の元盲目ながらに生活能力や他の知識などを身に着けていき、彼が6歳の時に村にやってきたパリュイ神父と出会い神父が盲目なのに、ルイブライユの才能を見抜き7歳になった時神父の計らいで村の学校へ進学し他の子に劣らない優秀な成績を収めたのです!凄いですよね。

 

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ルイブライユの一生/人生:盲目学校へ

 

出典:http://kasainote.net

(こちらは、旧パリ王立盲学校跡地で現在はパリ第28郵便局として使用されています。)

村の学校で他の生徒たちに劣らない優秀な成績をおさめたルイブライユですが、そのころから彼自身が周囲に「自分で読み書きがしたい」と打ち明けるようになっていました。

ルイブライユのこの「自分で読み書きがしたい」という願望を叶えるために、周囲は理解を示しルイブライユに更なる彼自身のためになる教育が必要なのではないだろうか。と考えるようになり、1819年にルイブライユはパリの王立盲学校へ進学したのです。

この進学には、ルイブライユの出身地である村の伯爵がヴァラタン・アユイが設立したこのパリの王立盲学校への推薦状を送り、それが大きな力となりルイブライユの進学を後押しになりました。

これだけでも、ルイブライユが盲目でありながらどれほどの才能を秘めた聡明な人物なのかが伝わってきます!因みに、このパリ王立盲学校にルイブライユが進学した当時彼は10歳でした。

 

ルイブライユの一生/生涯:点字の考案

 

ルイブライユは1819年10歳でパリの王立盲学校へ進学したのですが、そこで彼の人生を大きく変えるものと出会います。それが、「バルビエの暗号」でした。

バルビエの暗号とは何かというと、1800年代の軍隊で使用されていた文字の事で電気などが無かった当時の夜でも触れるだけで読むことができるという画期的な伝令用の文字の事です。

このバルビエの伝言の考案者が、フランス軍軍人シャルル・バルビエでした。バルビエの伝言は、彼の名前から名づけられているようですね。

出典:https://matome.naver.jp

そしてこの考案者であるシャルル・バルビエ自身がなんとこのバルビエの暗号を、軍隊内だけで活用するのではなく目の不自由な人たちが読む助けになるのではないだろうか?と考え、なんと彼自身がパリの王立盲学校にバルビエの伝言を持ち込んだのです。

このバルビエの伝言は12点式と呼ばれる点字で、ルイブライユも手に触れその便利さに感動し感動していたのですが何度も触れている時に、「これってもっと改良をすれば簡単になるのではないか?」と考えるようになり、なんと学校の授業以外の自由な時間を全て12点字の改良に注ぎ込んだのです。

そして、時間はかかったもののバルビエの12点字から改良をかさねルイブライユは6点式の点字を発明したのです!この6点式の点字こそが、現代でも使用されている点字の基盤となっておりアルファベットを6つの点の組み合わせで表現するという、まさに画期的な発明になったのです!

因みに、これを発明した当時のルイブライユの年齢は14~16歳だったそうです。いやぁ~まさに努力の賜物ですね。

 

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ルイブライユの一生/人生:肺結核

 

盲学校を卒業後、ルイブライユは点字の普及に精力的に活動しその傍パリの王立盲学校で教師として勤務していました。

しかし、実はこのパリ王立盲学校は元々監獄だった建物を学校として使用していてさらにセーヌ川のほとりに立地していたためにとても多湿で非衛生的な建物だったのです。

そのために、ルイブライユ自身も学生時代には何の問題も無かったのですが教官として勤務を始めて数年後の26歳という若さで肺結核を患ってしまいました。

そして点字の普及活動を行っていた1852年1月6日に43歳という若さで、肺結核によりこの世を去ってしまったのです。

 

ルイブライユの一生/人生:点字の読み方

 

ここからは余談になるのですが、2019年9月現在世界各国で使用されている点字はルイブライユが一生/人生をかけて発明した6点式の点字が基盤となっています。私たちの日本でも、言語は違いますがルイブライユの6点式点字が採用されて盲目の人々を助けています。

ところで英語で「点字」を何というかご存知でしょうか?英語で点字は「Braille」でブレイユと読むのですが、これはフランス語の英語読みでルイブライユの名前から使用されるようになったそうです!

1852年にフランス政府によって、そして1878年に開催された国際会議においてルイブライユが発明した点字の便利性が認められる事になったのです。ルイブライユの死後ですが彼自身もきっと喜んでいることでしょう!

ルイブライユの誕生日である1月4日が世界では「世界点字デー」となっているそうです。

 

ルイブライユの画像が気になる!

 

それでは、死後すでに200年が経過していますがルイブライユの画像はあるのでしょうか?

彼の画像をまとめてみました!

 

出典:http://www.1242.com

この画像が一番世間で知られている、ルイブライユの画像かもしれませんね。

出典:https://resemom.jp

こちらは、ルイブライユの画像というよりもルイブライユの石像の画像です。やはり、200年以上も昔の人物ですのでルイブライユの画像はあまり見当たりませんでした。

 

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ルイブライユプロフィール

 

それでは最後に、ルイブライユのプロフィールを掲載しておきます。

名前:ルイブライユ

生年月日:1809年1月4日~1852年1月6日(享年43歳)

出身地:フランス帝国クヴレ

 

ルイブライユはどんな人?彼の一生/人生や画像について振り返る!まとめ

 

ルイブライユはどんな人なのかをリサーチしてきましたがいかがでしたか?

小学校の教材にも登場するほどの人物である、フランス人、ルイブライユ。

点字というのが、盲目のルイブライユによって考案されたものだったというのは驚きですが彼の努力によって現在世界中の盲目の人々の支えとなっているルイブライユは偉大な人物ですね!

 

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