藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)中学や兄は?焼き鳥屋が実家と噂の真相とは!

甲子園の夏も熱いですが、藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)選手も熱いです!スターになりそうな予感に、中学時代や、お兄さんのこと、はたまた実家が焼き鳥屋?など興味が尽きないですね。

藤原恭大(大阪桐蔭)選手についてもっと知りたい!

そんな方に中学時代のことや、お兄さんのこと、焼き鳥屋の実家などコアなことまで、紹介をしていきたいと思います!

 

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藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)の中学時代!1年から才能開花!

 

藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)さんは、あの野球の強豪校、大阪桐蔭(とういん)高校に入学してから間もなく、その年の夏にメンバー入りをしました。

もちろん、高校から野球をはじめて、そこまで一気にのし上がることはできないでしょう。ではいつから藤原恭大(大阪桐蔭)選手は野球に目覚めたのでしょうか?

 

 

藤原恭大(大阪桐蔭)選手は6歳の時に野球をはじめたといいます。お兄さんがやっているのを見て、影響されてのことのようです。

小学校では軟式で「園和北フレンズ」と「オリックス・バファローズJr」で野球をしていました。中学では硬式に転向して「オール牧方ボーイズ」に入り、中学3年の時に見事、優勝したそうです。

そんな藤原恭大(大阪桐蔭)選手が、注目されだしたのがなんと中学1年のころから。思いっきりフルスイングするバッティングの鋭い振りきり方。

当時は投手をしていて、ボールの速さはもちろん、その肩の強さも目を奪うものだったそうです!それほどの技術を身につけるのに努力したのは、おそらくPL学園にいったお兄さん、藤原海成さんの背中を追うためだったのでしょう。

ですが、残念ながら、PL学園は野球部がなくなり、お兄さんと野球することは叶いませんでした。

ただ、それを目標に努力したことは無駄ではなく、高校野球で人を驚かせる活躍につながっているのでしょうね。

 

藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)の活躍ぶり!スカウトもラブコール!

 

藤原恭大(大阪桐蔭)選手は、高校に入ってすぐに試合にでて、夏にはメンバー入りを果たしました。それが、どれだけすごいか、ご存知でしょうか。

そもそも大阪桐蔭高校は入学してから、野球部に入ることはできません。はじめから野球部を目指して入学した人しか入れないのです!

一応試験も受けるとはいえ、野球の腕前を見てもらい、そのお眼鏡にかなった人が入学資格を得るという、スカウトや推薦のような形になっているといいます。

強豪校であり、野球に専念できる環境を整えている大阪桐蔭高校には、大勢の野球球児がはいりたがるでしょう。その大勢の中から、腕前を見こまれたなら、入学できた時点で藤原恭大(大阪桐蔭)選手は選ばし者だというです。

 

 

さらに1年の他の選ばし者の中から、監督などに見いだされ、先輩でありライバルでもある屈強の年上の選手らに食いこめたのだから、すごいとしか言いようがありません。

そこまで早々にのし上がった藤原恭大(大阪桐蔭)選手の魅力は、何なのでしょうか?

総合的に高い技術の中でも、足の速さと守備のよさが注目をされています。50mを5.7秒の俊足ぶりで、1試合6盗塁したこともあるそうです。中学のころに投手をしていたこともあって、肩が強くてコントロールよく、広い範囲を守ることができるといいます。

打撃については、不安定なところがあるとはいえ、集中したときの爆発ぶりは目を見張るものがあると、スカウトなどは言っているようです。

足の速さ、守備、どちらかが特化していても、注目に値することだと思います☆

藤原恭大(大阪桐蔭)選手はそれだけに留まらずに、スカウトが認めるほど、どちらもすでに十分兼ね備えているようですね。

打撃も伸びしろがあると言われる藤原恭大(大阪桐蔭)選手なら、足の速さ、守備、打撃すべてで、人々を唸らせる日がくるのも、遠くはないのではないでしょうか。

甲子園の活躍だけでなく、ドラフトやプロ入りまで大注目ですね☆

 

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藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)の通う大阪桐蔭高校!野球部が半端ない!

 

藤原恭大(大阪桐蔭)選手がPL学園を諦めて、進学を決めたのが大阪桐蔭高校です。

きっと他からも多く声をかけられただろう藤原恭大(大阪桐蔭)選手が、大阪桐蔭高校を選んだ決め手とはなんだったのでしょう?

正直にいえば、私立の高校なので、学費は安くありません。条件によっては費用は免除されるというので、有望な藤原恭大(大阪桐蔭)選手なんかは、免除されているのかもしれませんが、野球部1学年20人全員がそうというわけではないでしょう。

それでも、大阪桐蔭高校に入りたがる球児がいるのは、野球に徹底的に専念できるからではないかと思います。練習はほぼ毎日、休みがなく、授業中は午前中までで、午後は夜遅くまで練習にあてられているようです。

ただ、大事な試合などが近づくと、授業がなくなるといいますし、もともとある午前の授業も、授業と言っているだけで、やはり野球関連のことをしているのではないかと言われています。

要は、3年間1日もかかさず、朝から晩まで野球漬けになれるということです。野球部員のほとんどが寮にはいっているといい、その生活は時代錯誤的に厳しいそうです(笑

普通の年頃の男子なら、耐えきれない過酷な環境ですが、プロやメジャーリーグを目指すような、意識の高い球児は、おそらく感覚がちがうのだと思います。

野球に集中したくても、周りの雑音が気になったり、誘惑に駆られてしまいことがあるでしょう。まだまだ多感な時期では、自制しきれないので、あえて周りから隔離されたような環境に身を置きたくなるのかもしれません。

大阪桐蔭高校の野球部の厳しい方針には、なかには疑問を持つ親御さんもいるそうです。賛否両論がありそうな大阪桐蔭高校のストイックな野球部ですが、ストイックに野球道を追及しているように見える藤原恭大(大阪桐蔭)選手の肌には合うのかもしれませんね!

 

藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)がU-18に!あの清宮幸太郎を助けた?

 

中学、そして高校と注目されてきた藤原恭大(大阪桐蔭)選手。いつから全国的に名が知られるようになったのでしょう?

もともと野球界では注目の的だったのが、世間でも騒がれるようになったのは、U-18WBSC(ワールドベースボールカップ)でした。2017年のWBSCでは、キャプテンになった清宮幸太郎選手に注目が集まっていました。

しかし、あまり清宮幸太郎選手は調子がよくなく、それを助けるように活躍したのが、報徳学園の小園海斗選手、そして藤原恭大(大阪桐蔭)選手だといいます。

周りから2年生コンビと呼ばれて親しまれ、清宮幸太郎選手が不調の中、2人の活躍のおかげで日本は銅メダルをとれたという声もあります。清宮幸太郎選手と同じチームでプレイしていたこと自体、驚きですね!

 

 

しかも清宮幸太郎選手の不調もなんのそのという活躍をしたなら、そりゃあ、世間は騒がずにはいられないでしょう。世間だけではなく、メジャーのスカウトに、印象に残ったと言わしめたほどです。

それだけ注目されるほどのプレイをした原動力は、やはり清宮幸太郎選手だったのでしょう。

藤原恭大(大阪桐蔭)選手はもともと清宮幸太郎選手に憧れていて、一緒に勝ちたいとの思いがあっての活躍ぶりだったのかもしれません。

また、大会中は「師匠」と慕っていたらしい清宮幸太郎選手からいい影響を受けたのではないのでしょうか☆

WBSCは藤原恭大(大阪桐蔭)選手が活躍できたことはもちろん、清宮幸太郎選手などと出会えた運命のような大会だったのでしょう。

運命の相手といっていい、清宮幸太郎選手や、2年生コンビと呼ばれた小園海斗選手と、プロ入りして相まみえるところを、早く見たいものですね!

 

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藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)のお兄さん!伝説の兄弟球児?

 

藤原恭大(大阪桐蔭)選手にはお兄さんが1人いるといいます。兄弟そろって幼いころから野球をやっていましたが、お兄さんはまだ続けているのでしょうか?

藤原恭大(大阪桐蔭)選手のお兄さんは、2歳年上で藤原海成さんというそうです。幼いころから野球をしていて、弟の藤原恭大(大阪桐蔭)選手が、その姿を見て野球をはじめたといいます。

そうやって背中を追いかけてくる藤原恭大(大阪桐蔭)選手を意識しつつ、高みを目指してPL学園へ。が、入学して間もなくPL学園の野球部がなくなってしまいます。

そのあと、大阪経済法科大学に進学した藤原海成さんは、今も野球を続けているそうです。

 

 

PL学園の野球部がなくなったことに、大分ショックだったろうとはいえ、そこで投げやりにならないで、険しい野球の道を歩き続けているとは、タフな方ですね。

それほど野球に熱意を持っている人なので、藤原恭大(大阪桐蔭)選手の才能を見こんで、なにかと励ましているようです。

そんなお兄さんの応援を受けて、藤原恭大(大阪桐蔭)選手は、お兄さんが行けなかった甲子園で頑張っているのかもしれません。

もし、PL学園の野球部が存続していれば、入るつもりだったという藤原恭大(大阪桐蔭)選手とお兄さんが、同じメンバーとして甲子園のマウンドに立つ、なんて夢のような試合を見ることができたのかもしれません。

とはいえ、藤原恭大(大阪桐蔭)選手もお兄さんもこれから。いつか、どんな形でもいいから、野球兄弟が顔をそろえて活躍する姿を見たいものです!

 

藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)は焼き鳥で育った?実家は飲食店!

 

藤原恭大(大阪桐蔭)選手は身長が180cmあって、体格に恵まれています。ご飯をモリモリ食べて、のびのびと成長をした藤原恭大(大阪桐蔭)選手の実家とは、どんなところなのでしょう?

藤原恭大(大阪桐蔭)選手の出身地は兵庫県です。なので、当然、実家も兵庫県にあるかと思いきや、お父さんとお兄さんは大阪でテレビのインタビューを受けていました。

そういえば、藤原恭大(大阪桐蔭)選手の通っていた小学校も大阪だったので、小学校入学前に兵庫から引っ越してきたのでしょうか。

引っ越し事情はともかく、藤原恭大(大阪桐蔭)選手のお父さんは大阪に腰を据えて、その地域では有名な焼き鳥屋さんを営んでいるそうです。

店の名前は「炉羽庵(ろうあん)」。藤原恭大(大阪桐蔭)選手が大阪桐蔭高校に入学した、2016年に焼き鳥屋はオープンしたといいます。

 

 

藤原恭大(大阪桐蔭)選手のお父さんが営んでいるということで、野球好きの人が集まりやすいそうですが、おいしい、落ち着くと、評判がよいようです。お父さんの藤原史成さん、お母さんの藤原道子さんのお人柄もお客さんに受けているのかもしれませんね!

焼き鳥屋を出店するだけあって、もともとお父さんかお母さんか、料理が上手だったのでしょう。その料理の中に焼き鳥もあって、藤原恭大(大阪桐蔭)選手の屈強の肉体を作り上げるのに役に立ったのではないでしょうか(笑

実家の焼き鳥屋の料理を食べれば、藤原恭大(大阪桐蔭)選手のような肉体に近づけられるかもしれませんよ(笑

 

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藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)のプロフィール

 

話題が先行しているところもある藤原恭大(大阪桐蔭)選手。話題についていくのも大事ですが、基本のプロフィールもきちんと押さえておきましょう。

【名前】藤原恭大(ふじわらきょうた)

【出身】兵庫県

【血液型】B型

【身長】180cm

【体重】76kg

【出身校】豊中市立原田小学校 豊中市立第五中学(オール捲牧方ボーイズ)

 

性格は、結構、強気なタイプのようですね。将来の夢について、日本球界ではタイトルや賞を総なめにしたい、それからメジャーリーグにいきたいと、はっきりと言っています。

一流のアスリートはイチロー選手といい本田圭佑選手といい、ビッグマウスと言われるほどやはり目標もビジョンも明確ですね!

藤原恭大(大阪桐蔭)選手の活躍ぶりを見ていると、口だけでもなさそうに思えるので、あっという間に夢をかなえてしまうのかもしれませんね☆

 

藤原恭大(きょうた,大阪桐蔭)中学や兄は?焼き鳥屋が実家と噂の真相とは!

 

夏の甲子園に負けない、藤原恭大(大阪桐蔭)選手のホットな情報をお伝えしてきました(笑

藤原恭大(大阪桐蔭)選手は中学時代から、お兄さんと切磋琢磨しつつ、野球に真剣に打ち込んでいたのですね。焼き鳥屋が実家という噂は本当のようで、藤原恭大(大阪桐蔭)選手の活躍に合わせて繁盛をしているようです。

厳しい野球部にいては、中々家族に会えないでしょうが、たまにでいいので、実家のお店の焼き鳥を食べさせてもらったらいいですね。

もう十分、周りに話題提供をしている藤原恭大(大阪桐蔭)選手ですが、これから、プロ野球入りをするのか、はたまたお兄さんについて行って、大学進学するのか、さらに気になるところです。

高校の3年間が終わっても、藤原恭大(大阪桐蔭)選手にはまだまだ、楽しませてもらえそうですね!

 

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